2023年、日本のフェムテック・フェムケア市場は約744億円に達した(矢野経済研究所調べ)。前年比107%の成長率である。生理痛に耐え、更年期を「我慢の時期」として過ごしてきた女性たちの健康課題に、テクノロジーが本格的に切り込み始めている。フェムテックとは何か、なぜ今これほど注目されているのか。市場の全貌を読み解く。
- フェムテックの定義と市場が急成長している背景
- 注目すべきサービス・製品カテゴリの全体像
- 日本市場ならではの特徴と残された課題
- フェムテックが男性にも関係する理由
- 自分に合ったフェムテック活用の選び方
フェムテック市場の現状
フェムテックの定義
フェムテック(FemTech)とは、Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語である。2016年にデンマークの起業家イダ・ティン氏が、自身が共同創業した月経管理アプリ「Clue」の資金調達の場で初めて使った言葉とされている。
対象領域は幅広い。月経管理、妊活・不妊治療支援、妊娠・産後ケア、更年期症状の緩和、婦人科系疾患のスクリーニング、セクシュアルウェルネスなど、女性の生涯にわたる健康課題をテクノロジーで解決するプロダクトやサービスの総称である。
類似の概念として「フェムケア」がある。フェムケアはテクノロジーを伴わない製品(吸水ショーツ、月経カップなど)を含むより広い概念で、フェムテックはその中でもアプリ、デバイス、AIなどのテクノロジーを活用するものを指す。ただし実務上は両者を合わせて「フェムテック市場」と呼ぶケースが多い。
重要なのは、フェムテックが単なるビジネスカテゴリではなく、長年タブー視されてきた女性の身体的課題を「解決可能な問題」として再定義した点にある。生理の話題を公にすることすらはばかられた時代から、テクノロジーによって可視化・データ化する時代へと転換が起きている。
グローバル市場の成長
グローバルのフェムテック市場は急速に拡大している。Fortune Business Insightsの推計によると、2026年の世界市場規模は約107億ドル(約1.6兆円)に達し、2034年には411億ドル(約6.2兆円)まで成長すると予測されている。年平均成長率(CAGR)は約18%である。
成長を牽引しているのは、スマートフォンの普及、ウェアラブルデバイスの進化、そしてヘルスケア領域へのAI導入である。月経周期をAIで予測するアプリ、ホルモン値をリアルタイムでモニタリングするデバイス、遠隔診療プラットフォームなど、テクノロジーの進歩が新たなサービスを次々と生み出している。
投資家の注目度も高い。2020年以降、フェムテック領域へのベンチャーキャピタル投資は年々増加しており、米国を中心に大型の資金調達事例が相次いでいる。女性の健康市場が「巨大なアンメットニーズ(未充足の需要)」として認識されたことが、資金流入の背景にある。
ただし、市場の成熟度には地域差がある。米国や欧州では多様なスタートアップが競争する段階に入っているのに対し、アジア市場はまだ成長の初期段階にある。その中でも日本は、独自の発展を遂げつつある市場として注目されている。
注目サービス・製品カテゴリ
月経管理・妊活支援アプリ
フェムテックの入口として最もポピュラーなのが、月経管理アプリである。日本では「ルナルナ」が2000年のサービス開始以来、累計利用者数2,000万人を超える国内最大級のプラットフォームに成長した。基礎体温の記録、排卵日予測、ピルの服薬管理など、機能は年々拡充されている。
近年はAIによる周期予測の精度が飛躍的に向上している。過去の月経データ、体温変動、生活習慣のログを機械学習で分析することで、個人ごとにカスタマイズされた予測が可能になった。従来の「平均28日周期」という画一的な前提から脱却し、個人差を反映した精密な管理ができるようになっている。
妊活支援の分野では、排卵検査キットとアプリの連携が進んでいる。自宅でホルモン値を測定し、そのデータをアプリに取り込むことで、通院回数を減らしながら精度の高いタイミング管理が可能になった。不妊治療のハードルを下げる効果が期待されている。
法人向けサービスも広がっている。株式会社LIFEMが運営する「ルナルナ オフィス」は、企業の健康経営を支援するフェムテックサービスとして導入企業を増やしており、2025年の「健康経営優良法人」に認定された企業のうち46社が同サービスを導入している。
更年期ケアのデジタル化
更年期は、閉経前後の約10年間に生じるホルモンバランスの変化によって、ホットフラッシュ、不眠、気分の落ち込みなど多様な症状が現れる時期である。日本では数百万人規模の女性が更年期症状に悩んでいるとされるが(博報堂調査では自覚者449万人、「もしかして」を含めると829万人)、「年齢のせい」として医療機関を受診しないケースが少なくない。
この領域にテクノロジーが切り込んでいる。症状の記録と可視化を行うアプリ、オンラインで婦人科医に相談できるプラットフォーム、ホルモン補充療法(HRT)の管理をサポートするサービスなどが登場している。症状を数値化・グラフ化することで、医師との対話がスムーズになる効果もある。
海外では、英国発の「Stella」や米国の「Midi Health」など、更年期に特化したデジタルヘルスプラットフォームが大型の資金調達を実現している。日本でも更年期ケアに焦点を当てたサービスが増えつつあり、今後の成長領域として注目されている。
経済産業省の試算によると、更年期症状による女性の労働損失は年間約4,200億円に達するとされている。フェムテックによる更年期ケアは、個人の健康問題であると同時に、社会経済的な課題の解決策としても位置づけられている。
吸水ショーツ・月経カップの進化
フェムケア製品の代表格である吸水ショーツは、2020年頃から日本市場で急速に普及した。ナプキンやタンポンに代わる選択肢として、繰り返し使える経済性と環境負荷の低さが支持されている。国内ブランドの「Nagi」「Be-A」などが市場を牽引している。
月経カップも認知度が上がっている。医療用シリコン製のカップを膣内に挿入して経血を受け止める仕組みで、最長12時間の連続使用が可能である。使い捨て製品と比較して年間のコストが大幅に下がるため、経済的なメリットも大きい。
これらの製品にもテクノロジーが融合し始めている。経血量を測定できるスマート月経カップのプロトタイプが海外で開発されており、経血量の異常を早期に検知することで、子宮筋腫などの疾患の発見につながる可能性が研究されている。
サステナビリティの観点も追い風になっている。一人の女性が生涯に使用する使い捨て生理用品は約1万個とされ、その多くがプラスチックを含む。繰り返し使える製品への移行は、環境負荷の削減にも直結する。
日本市場の特徴と課題
経済産業省のフェムテック推進
日本のフェムテック市場の特徴の一つは、政府主導の推進施策が存在する点である。経済産業省は2021年度から「フェムテック等サポートサービス実証事業」を実施し、企業や自治体と連携したフェムテックサービスの社会実装を後押ししている。
この実証事業では、企業の健康経営にフェムテックを組み込む取り組みが多数採択されている。月経や更年期に伴う体調不良による生産性低下(プレゼンティーイズム)の改善を目的としたサービスの実証が進んでおり、定量的な効果検証のデータが蓄積されつつある。
背景には、女性の労働参加率向上と少子化対策という政策課題がある。女性特有の健康課題が就労継続の障壁になっている実態が明らかになり、フェムテックがその解決策として政策的に位置づけられた形である。
ただし、補助金や実証事業に依存した市場形成には限界もある。持続的な成長のためには、消費者が自らの意思で製品やサービスを選択する市場の成熟が不可欠である。啓発と市場形成のバランスが問われている。
根強い「生理のタブー」
日本市場の課題として、女性の健康課題に対する社会的なタブー意識が依然として強いことが挙げられる。2022年のある調査では、職場で生理痛を理由に休暇を申し出ることに「抵抗がある」と答えた女性が7割を超えた。
生理休暇の制度は労働基準法に規定されているが、実際の取得率は極めて低い。厚生労働省の調査によると、生理休暇の請求者がいた事業所の割合は3.3%にとどまっている。制度があっても使えない現実が、フェムテック普及の障壁にもなっている。
この状況を変えるため、一部の企業では「生理」という言葉を使わずに取得できる休暇制度を導入したり、フェムテックサービスを福利厚生に組み込んだりする動きが出ている。テクノロジーだけでなく、職場文化の変革も同時に求められている。
メディアの役割も大きい。テレビCMで生理用品の広告が「青い液体」で表現されてきた時代から、リアルな表現へと変化しつつある。しかし、依然としてオープンに語ることへの心理的ハードルは高く、啓発活動の継続が必要である。
男性にも関係するフェムテック
パートナーの健康課題を理解する
フェムテックは女性だけの問題ではない。パートナーが月経痛やPMS(月経前症候群)で苦しんでいるとき、その仕組みを理解しているかどうかで、関係性は大きく変わる。月経管理アプリの中には、パートナーと周期情報を共有できる機能を持つものもある。
不妊治療においても、男性側の関与は不可欠である。WHO(世界保健機関)のデータによると、不妊の原因の約半数に男性因子が関与している。精子の運動率や形態を自宅でチェックできるキットも登場しており、これも広義のフェムテック(リプロダクティブヘルステック)の一部として位置づけられる。
企業の経営層や管理職にとっても、フェムテックの理解は重要である。女性従業員の健康課題を理解し、適切な支援策を講じることは、離職防止や生産性向上に直結する。経済産業省の試算では、女性特有の健康課題による経済損失は年間約3.4兆円に上るとされている。
フェムテックは、ジェンダーに関わらず「人の健康課題をテクノロジーで解決する」という広い文脈で捉えるべきものである。男性の理解と参画が、市場の拡大と社会的インパクトの両方を加速させる鍵になる。
企業経営とフェムテック
ESG投資やD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の潮流の中で、フェムテックを経営戦略に組み込む企業が増えている。福利厚生としてフェムテックサービスを導入することは、採用競争力の強化にもつながる。
具体的には、オンライン婦人科相談サービスの導入、低用量ピルのオンライン処方サポート、卵子凍結の費用補助などが挙げられる。米国の大手テック企業では卵子凍結費用の補助がスタンダードになりつつあり、日本でも東京都が卵子凍結の助成事業を開始している。
健康経営の文脈では、フェムテック導入による効果を定量的に示すことが求められている。プレゼンティーイズム(出勤はしているが体調不良で生産性が低下している状態)の改善度合いを数値化し、投資対効果を可視化する取り組みが進んでいる。
フェムテックは「女性のためのニッチ市場」ではなく、労働生産性、少子化対策、健康経営といった日本社会の根幹に関わるテーマと接続している。市場の成長は、テクノロジーの進歩だけでなく、社会全体の意識変革と連動して進んでいくだろう。
まとめ
フェムテック市場は、テクノロジーと社会意識の変化が交差する成長領域である。日本市場は約744億円規模に到達し、政府の後押しもあって今後も拡大が見込まれる。以下に、関心やニーズ別のおすすめアプローチをまとめた。
| タイプ | おすすめのアプローチ | 代表的なサービス・製品 |
|---|---|---|
| 月経の悩みを軽減したい | 月経管理アプリ+吸水ショーツ | ルナルナ、Nagi、Be-A |
| 妊活を効率的に進めたい | 排卵予測アプリ+自宅検査キット | ルナルナ、ドゥーテスト |
| 更年期症状をケアしたい | 症状記録アプリ+オンライン診療 | 更年期ケア専門プラットフォーム |
| 企業の健康経営に導入したい | 法人向けフェムテックサービス | ルナルナ オフィス |
| パートナーの健康を理解したい | 周期共有機能付きアプリ | ペアリング機能付き月経管理アプリ |
フェムテックの本質は「我慢」を「解決」に変えることにある。テクノロジーが進歩し、社会の理解が深まるにつれて、女性の健康課題はより多くの選択肢と精度の高いケアで支えられるようになるだろう。自分に合ったサービスを見つけることが、その第一歩である。